ある雑誌の表紙の見出しコピーを見て、「そうです。その通りです。まったく違いない」と、ガッカリした。あまりにもその言い方が、的確すぎたからだ。
広報力が選挙(当落)を決める
今や選挙など、政策提言やその実行力などを秤にかけて投票するわけではない。どれだけ大きな声で同じコトを言ったかという群衆操作が上手だったヒトが勝ちなのだ。だから、テレビや新聞や交通広告などにどれだけカネをかけられるかという宣伝広告の部分はもちろん、タダでどれだけテレビや新聞に取り上げられたかという広報の部分でも力が発揮されなければならない。
もちろん、それだけではない。カルト宗教でもバックに付ければ政治力も発揮できたりする。でもそれは「その他大勢」を動かす力にはならない。飽く迄も、一定の固定された集団しか操作できない。
そうやって、ニュースで得た情報をさも自分で考えついたかのように信じ込み、その候補者に投票しちゃっているわけなので、広報競争が絶対に必要なのだ。
悲しいことから目をそらすだけでは駄目なのだ。これが現実なのだ。